創造的思考過程のモデル化

Stanford d.schoolにおいてはデザイン思考は5つのステップ:EMPHATHIZE(共感),DEFINE(問題定義),IDEATE(創造),PROTOTYPE(プロトタイプ),TEST(テスト)として説明されています.それぞれのステップの詳細とプロセス全体を進めるにあたっての心構えについてはDesign Thinking – Bootcampのサイトが分かりやすいでしょう.

人気を博しているデザインシンキングですが,この5つのプロセスを順番に進めるだけでイノベーションが生まれるのか?という疑問が湧くのは自然なことでしょう.

先日d.schoolで教鞭を取るティナ・シーリグとミーティングをする機会がありましたが,彼女はこのモデルとは少し違うかたちで創造のプロセスを捉えているようでした.

d.schoolを運営する資金を提供しているHasso Plattnerが描くデザインシンキングのダイアグラムではステップが6つあり,また相互のステップが行き来していて少し複雑です.

創造の過程を説明するモデルには大きく分けると
 a)ステップ間の行き来が描かれない直線的なモデル
 b)ステップ間の行き来が描かれた反復的なモデル
があります.
前者としては,ジェームズ・ヤングによる書籍「アイデアのつくり方」や,建築家・藤村龍至さんによる意識的に直線的な設計を行う「超線形設計プロセス」(「ジャンプしない」「枝分かれしない」「後戻りしない」という三つの原則に基づく)があります.

物理現象をモデル化:式として表現する方法にニュートン力学と量子力学がありますが,それらは対象とする物理現象のスケールによって使い分けられます.創造の過程のモデルの関係はどう説明できるのでしょうか?

直線的なモデルと反復的なモデルの関係を図として表現した研究に 平石徳己, 創造的思考プロセスの幾何学的モデル化, 日本創造学会論文誌, Vol 2, pp.50-61, 1998.があります.Webではこの図が見つからなかったので,この図を知った弓野憲一「世界の創造性教育」ナカニシヤ出版のp.17の図1.1 創造的思考プロセスの幾何学的モデル(平石1988)を模写しました.

この図のパスM-Nは難易度が低かったりきちんと正解があるwell-defined problemであったりとスムースに問題解決ができるケースを示しています.
問題の難易度が上がり,問題の定義が曖昧だったり矛盾を含んだり解が複数存在するようなill-defined problemになるにつれて,パスP-A-B-C-D-E-Qという創造的なアウトプットに至る「典型的な創造的思考プロセス」が必要になります(この図ではそれとしてワラスの四段階説:準備期+あたため期+ひらめき期+検証期がとりあげられています).
しかし実際には,一連のステップが1回ずつだけ行われるとは限らず,一番最初に戻ってしまうパスE-F-G-H-Aもあれば,新しいアイデアを考えなおすE-F-G-Cというパスもありえます.

モデル化された思考プロセスは,あくまでも説明しやすいようにモデル化=理想化/単純化したものです.この図を知っていれば,直線的なモデルと反復的なモデルの関係を把握しやすくなると思います.

デザインシンキングや創造的思考プロセスに関心を持つ人が増えるにつれて,さまざまな思考プロセスのモデル化がこれからも行われていくことでしょう.異なるモデルを比較してみると,提案者のモデル化の意図や伝えたい事がどこにあるか?を知ることができるでしょう.

創造思考の過程をモデル化する=単純化する動機には,
 1)創造性教育における基本の「型」として活用+体で覚えるまで練習を繰り返す
 2)複数の人々がチームプレーをするための「共通言語」として活用する
 3)早く/上手に/失敗なくアイデアを生み出す「方法論」として活用する
など幾つかあります.
「デザイン思考」への違和感を感じている人も増えつつあるのではないかと思いますが,それは3)としてデザイン思考を捉える人が増えているかもしれません.個人的には,dschoolでは1)と2)にフォーカスが置かれているように思います.

またそうした違いを図示できるとオモシロいのではないか,とふと思いました.

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